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大阪高等裁判所 昭和58年(う)776号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

原審における未決勾留日数中三七〇日を右刑に算入する。

押収してあるガムテープ包みビニール袋入り覚せい剤六袋(原審昭和五七年押第三一七号の一ないし六、当審昭和五八年押第三五一号の一ないし六)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事谷山純一郎作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人米山龍人作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中法令の解釈適用の誤を主張する点について

論旨は要するに、原判決は「被告人は、大韓民国在住の金山某女らと共謀の上、営利の目的で覚せい剤を同国から本邦内に密輸入しようと企て、被告人において、昭和五七年一月一六日ころ、同国浦項港を出港した同国貨物船第一韓星号船倉内最前部右舷底部側壁内にフェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤結晶六袋(約二、九五三グラム)を隠匿し、同月一八日午後四時三〇分ころ、大阪市住之江区南港中八丁目地先大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸到着したのち、荷受人である小山こと李秀釿と受渡時刻、場所、方法の打合せを行い、第一韓星号に帰船して、何時でも陸揚げできる状態でその機会をうかがい、同船から陸揚げし密輸入し、且つ、偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税四八六、〇〇〇円を免れようとしたが、大蔵事務官に発見されたためその目的を遂げなかつたものである。」との公訴事実につき、未遂であるか予備であるかの法的評価の点を除いた客観的事実については、同一の事実を認定しながら、法令の適用において、これが営利目的による覚せい剤輸入未遂罪(覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、三項、一三条)及び関税ほ脱未遂罪(関税法一一〇条三項後段、一項一号)に各該当するとの検察官の主張を斥け、営利目的による覚せい剤輸入予備罪(覚せい剤取締法四一条の五、四一条二項、一項一号)、関税ほ脱予備罪(関税法一一〇条三項前段、一項一号)が各成立するにすぎないとしたが、右は営利目的による覚せい剤輸入未遂罪及び関税ほ脱未遂罪の成立を認めなかつた点において、覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、三項、一三条及び関税法一一〇条一項一号、三項後段の解釈適用を誤り、また営利目的による覚せい剤輸入未遂罪の訴因を同予備罪として認定するのであれば、併せて同未遂罪とは吸収関係にあつた営利目的による覚せい剤所持罪(覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項一号、一四条一項)の成立をも認めるべきであるのに、これを認定しないで、同予備罪のみを認定処断した原判決は、この点においても、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、二項、一四条一項等の解釈適用を誤つたものであり、これらの誤は、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

所論にかんがみ記録を調査すると、原判決は、所論の公訴事実につき、「被告人は、大韓民国(以下韓国という)船籍の貨物船第一韓星号に甲板長として乗組んでいたが、金山某女と共謀のうえ、営利の目的で、同国から本邦に覚せい剤を輸入し、かつ偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税を免れようと企て、昭和五七年一月一六日ころ、同国浦項港を出港した同船の船倉内の最前部右舷底部側壁内に、フェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤結晶六袋(合計約二、九五三グラム)を隠匿し、同月一八日午後四時五〇分ころ、大阪市住之江区南港中八丁目地先大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸した後、小山こと李秀釿とその受渡時刻、受渡場所、受渡方法の打合せを行ない、陸揚げするのに適当な時刻がくるのを待つて同船内に待機し、もつて、右覚せい剤の輸入及び右覚せい剤に対する関税四八万六、〇〇〇円を免れる行為の予備をしたものである。」旨、認定判示し、これに対し、所論のように予備の各罰条を適用していることが明らかである。

そこで、本件の事実関係について検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば次の事実が認められる。

すなわち、被告人は、韓国貨物船第一韓星号に甲板長として乗り組んでいた者であるが、昭和五七年一月一五日韓国浦項港船員センターにおいて、金山某女から、運び賃一〇〇万円の約束で本邦に居住する小山こと李秀釿に渡すよう依頼されて連絡先の電話番号を教えて貰つた上、原判示覚せい剤結晶六袋(合計約二、九五三グラム)(以下本件覚せい剤という)を受け取り、同日、同港に停泊中の第一韓星号に持ち込み、いつたん自己の船室のベッドの下に隠匿し、同船が同月一六日午後五時ころ出港し航行中の翌一七日午後七時すぎころ、懐中電灯を使つて本件覚せい剤を船倉右舷最前部に移し、ワイヤスパイクを用いて右舷底部側壁にはめ込んでいる側板一枚を持ち上げ、そのすき間から右側壁内に本件覚せい剤を入れて隠匿したこと、同船は翌一八日午前九時二〇分、本邦である大阪港第七区(検疫錨地)に入港して検疫を受け、これが終つた後の同日午前九時四〇分ころ、同港第八区で仮泊してバース待ちをし、同日午後四時四〇分ころ、大阪南港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸したこと、被告人は同船の入港前の一七日正午ごろ、本件覚せい剤を隠匿して通関することにより関税を免れる意思で、同船船長孔〓圭の依頼を受けた通信長元容培から乗組員携帯品申告をするため携帯品の有無の確認を求められた際、同人に対し覚せい剤を携帯していることを秘し、申告すべきものとしては日本円一万円だけであると偽つて申し向け、同人をして被告人の陸揚げ輸入携帯品としては日本円一万円だけである旨右申告書に記載させ、被告人において右記載内容を確認の上、同申告書の被告人署名欄に署名したこと、右申告書は翌一八日午前一〇時五〇分ころ、同船が前記のとおり同港第八区に停泊していた際、同船船長孔〓圭から、入港尋問のため同船に来船した大阪税関職員に提出して交付され、もつてその旨の輸入申告がなされたこと、被告人は、同船がその後前記のとおり大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸中の一八日午後六時三〇分ころ、他数名とともに下船して上陸し、相当距離のある築港までタクシーで赴き、同所の公衆電話で本邦内の荷受人である前記小山こと李に電話をかけて連絡して、同九時ころ、同所付近のパチンコ店前で同人と落ち合い、両名タクシーに乗車して右第七号岸壁前道路を通りながら、同人に対し本件覚せい剤を隠匿している第一韓星号を示して教えるとともに、第七号岸壁に近い第四号岸壁前の公衆電話を示し、翌一九日午前五時に右公衆電話のあるところで、右小山こと李の乗つてくる自家用車の車中で本件覚せい剤を手渡すことなどを打合せた上、再び築港に引返し、右小山こと李と別れ、一緒に下船してまだ築港にいた他数名の船員とともに、午後九時四〇分ころ帰船し、一等航海士から大型懐中電灯を借りて自室に戻り、翌朝覚せい剤を取り出すための用意として手元に置いていたが、たまたま同港で張り込み監視中の大阪税関職員が行方不明になる事故が発生し、同税関職員による船内探索が何回も行われるなどしたため、約束の日時に本件覚せい剤の陸揚げが出来ないでいるうち、翌一九日午後一〇時ころから同税関職員によつて行われた出港検査の際、本件覚せい剤が発見されて差押えられたこと、第七号岸壁は指定保税地域であり、同地域からは、鉄製格子扉により同岸壁前道路(前記のとおり、被告人が小山こと李をタクシーで案内するとき通つた道路)に通ずるようになつているが、被告人が下船、帰船した当時右扉は施錠されて居らず、また看視者等も居なかつたため、被告人らが築港からタクシーで帰船した際には、扉が閉まつていたとはいうものの、被告人らがこれを押し開けて自由に同岸壁内に入つて乗船していること、また、乗下船に際し梯子などを用いる必要もなく、覚せい剤を同岸壁に陸揚げすることによつて、関税ほ脱の目的は実質上達せられる状況にあつたこと、以上の事実が認められる。

ところで、覚せい剤輸入罪(覚せい剤取締法四一条、一三条)は、船舶による場合においては、覚せい剤を船舶から本邦内(保税地域を含む)に陸揚げすることによつて既遂に達するものであり、右陸揚げにとりかかり、又は、これに密接する行為を行つたときは、その実行の着手があつたものと解すべきである。

また、貨物を輸入しようとする者は、関税法六七条により政令で定める当該貨物の品名並びに数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査を経て、その許可を受けて通関手続が終了するとされており、税関に対し虚偽、過少の申告をして関税の賦課決定を誤らしめる場合のほか無申告に輸入する場合などは、いずれも詐欺その他不正の行為によつて税関をして関税の賦課決定を不能ならしめ、または賦課決定を誤らしめる行為として関税法一一〇条一項一号にいう「偽りその他の不正の行為により関税を免れる」行為に該当し、同条の関税ほ脱の罪が成立するものであるから、保税地域を経由し、通関手続を経て輸入する場合においては、偽りその他不正な輸入申告をした時点で、右関税ほ脱罪の実行の着手があつたものと解すべきである。

ところで、当該貨物が、船舶乗組員の携帯品であるときは、一般の場合に比してより簡略化した申告書による輸入申告又は口頭による申告が許されており、書面による申告の方法としては、乗組員携帯品申告書を提出することによつて、輸入申告をさせる取扱いとなつている(関税法施行令五九条一項但書、五八条但書、関税法基本通達(蔵関((大蔵省関税局長))第一〇〇号)。そして右申告書は、入港手続の際、船長から税関職員に提出される扱いになつており、従つて、若し、船舶乗組員において、陸揚げ輸入する意思がある携帯品がありながら、同申告書にその旨を記載せず、これを、船長を介して税関職員に提出したときは、以後の検査、徴税手続を誤らしめ関税をほ脱する結果となるのであるから、船長をして、右申告書を税関職員に提出せしめたとき、関税ほ脱罪の実行の着手があつたものというべきである。

これを本件についてみるに、前記認定のように、被告人は第一韓星号船倉内最前部右舷底部側壁内に本件覚せい剤結晶六袋を隠匿し、同船が同月一八日午後四時三〇分ころ大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸した後は税関による検査を受けることなく、容易にこれを携帯して上陸できる状態にあつたばかりでなく、更にそのうえ、被告人は、同船接岸後同日上陸の上、本邦内の荷受人と会つてその受渡しの日時、場所、方法等を具体的に打合せ、かつ、同人に同船及び受渡し場所等を案内して見分させる等し、同日同人と別れて帰船後、自らも懐中電灯を用意するなどして、いつでも船倉内からこれを取り出し得る態勢を整えていたのであるから、遅くとも右段階において覚せい剤輸入罪の実行の着手があつたと認めるべきである。また、被告人は、前記認定のとおりの乗組員携帯品申告書に署名し、通信長を介して船長に提出し、昭和五八年一月一八日午前一〇時五〇分ころ、大阪港第八区に停泊した際、船長から入港尋問のため来船した大阪税関職員に提出交付され、これにより、被告人において、虚偽の輸入申告をしたのであるから、この段階において関税法一一〇条一項一号のほ脱の罪の実行の着手があつたものと認むべきである。

そうすると、本件については、営利目的による覚せい剤輸入罪の未遂(覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、三項、一三条)及び関税ほ脱罪の未遂(関税法一一〇条一項一号、三項、後段)が成立するのであるから、右各法条を適用処断すべきにかかわらず、本件は、覚せい剤輸入予備罪(覚せい剤取締法四一条の五、四一条一項一号、二項)及び関税ほ脱予備罪(関税法一一〇条一項一号、三項前段)が成立するに止まるものとして、右各予備罪の法条を適用処断した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであり、右誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないものというべきである。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、検察官の主張するその余の法令の適用の誤の点は、原判決を破棄する以上これに対する判断を加えるまでもないことであり、又、検察官のその余の控訴趣意(量刑不当)に対する判断を省略し、同法四〇〇条但書により、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、大韓民国船籍の貨物船第一韓星号に甲板長として乗組んでいたものであるが、同国在住の金山某女らと共謀の上、営利の目的で、同国から本邦内に覚せい剤を密輸入し、かつ、偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税を免れようと企て、被告人において、昭和五七年一月一六日ころ、同国浦項港を出港した同船の船倉内の最前部右舷底部側壁内に、フェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤結晶六袋(合計約二、九五三グラム)(原審昭和五七年押第三一七号の一ないし六、当審昭和五八年押第三五一号の一ないし六)を隠匿し、同月一八日午後四時四〇分ころ、同船が大阪市住之江区南港八丁目地先大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸して、被告人ら乗組員は本邦内に上陸できる状態となつたが、被告人は、これより先、予め、自己の乗組員としての輸入携帯品として右覚せい剤を除外した申告書を提出して偽りの輸入申告をしておいた上、同船接岸後の同日午後六時三〇分ころ上陸して本邦内の荷受人である小山こと李秀釿と会い、同人と受渡しの日時、場所、方法等の打合せを終え、同日帰船後、自らも、船倉内に隠匿してある覚せい剤を取り出すための用意として懐中電灯を準備するなどして、これをいつでも陸揚げできる態勢を整えてその機をうかがい、右覚せい剤を同船から陸揚げして密輸入し、かつ、偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税四八六、〇〇〇円を免れようとしたが、大蔵事務官に発見されたため、その目的を遂げるに至らなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為中、営利目的による覚せい剤輸入未遂の点は、覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、三項、一三条、刑法六〇条に、関税ほ脱未遂の点は、関税法一一〇条一項一号、三項後段、刑法六〇条にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い営利目的による覚せい剤輸入未遂罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑のみを選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中三七〇日を右刑に算入し、押収してあるガムテープ包みビニール袋入り覚せい剤六袋(原審昭和五七年押第三一七号の一ないし六、当審昭和五八年押第三五一号の一ないし六)は、判示の覚せい剤輸入未遂罪に係る覚せい剤で、犯人の所持するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文によりこれを没収し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(家村繁治 田中清 田口祐三)

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